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精神医学と司法――kさんのコメントから―― (4)

司法の世界においても精神医学の世界においても,精神疾患の診断名や重症度と,その患者(兼被疑者)の責任能力を対比させる指標は確立していません。

時間的にも経済的にも見合わない仕事であるにも関わらず(弁護側の鑑定医だと金銭的な条件はまた違うのかもしれませんが),鑑定医はしかし,「責任能力」の判断を強いられます。
それだけの悪条件下で精神鑑定を引き受ける精神科医は,よほどの使命感に燃えた,奇特な方でなければならないでしょう。

この使命感が,曲者のような気がします。
精神科医の思想や使命感は,司法が医学者に求める科学性とは無縁のものだからです。

最近でいえば,朝青龍が4人の精神科医の診察を受け,それぞれ異なる診断を受けた(1名は診断を固辞)事例からもわかるように,生物学的指標がない精神疾患では,患者さんの側がその診断によって利益や不利益をこうむる場合は特に,診断にバイアスが生じることがありえます。

そこに,精神科医側の個人的な思惑が重なればどうなるでしょう?
朝青龍の件を引き合いに出せば,彼をモンゴルに帰国させるか日本にとどまらせるかを判断する精神医学的・科学的な指標はあるのでしょうか。
朝青龍の診察をした医師たちは,どのような基準で帰国を勧めたり諌めたりしたのでしょう?

裁判ともなれば,被告人が刑務所に行くべきか行かざるべきかが,かなりのていど精神科の判断に委ねられる可能性がありうるわけです。

最近とみに精神科医が司法の場に引っ張りだされる(もしくはしゃしゃり出てくる)場面が目立つような印象がありますが,まずは学界としての姿勢を明らかにし,基準を設け,適切な人材を育成する努力が優先されるべきである,というのが私の見解です。

(この項終わり)

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コメント (2)

momo:

前にベンゾ系を断薬する方法をお訊ねしたものですが
宜しくお願いいたします。
辛い状況で首を長くして待っています。
お忙しいところ急かしてしまって申し訳ありませんが
どうぞ宜しくお願いいたします。

momoさん。
更新が滞っていて申し訳ありません。あと2~3エントリーでベンゾジアゼピンの断薬のトピックにとりかかろうとは思っています。出来るだけ急ぎますのでご容赦下さい。

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2007年08月21日 22:21に投稿されたエントリーのページです。

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